開店から数年のあいだ、仕入れる量は毎朝のその日の気分とそれまで積み上げてきた経験だけで決めており、売れ行きを帳面に書き残す習慣も一切持たないまま、市場で目についた食材を勢いのままに両手いっぱい抱えて店へ戻る日々を、私はなんの疑いも抱かずに長らく続けていました。
今日はなんとなく客足が伸びるはずだという漠然とした予感だけを頼りに、いつもより多めの魚や青菜を軽トラックへ次々と積み込み、なぜその量なのかと誰かに問われても筋道立てて答えられないくせに、経験に裏打ちされた自分の直感だけは決して外れないのだと、根拠もなく信じ込んでいたのです。
長らく飲食店を営んできた者としてのささやかな誇りが、かえって数字と地道に向き合う姿勢を私から遠ざけていた面もあり、勘こそが料理人の腕であり仕入れの妙味なのだと思い込み、帳面や記録に頼るのは自分の未熟さを世間に認めることのようにさえ感じて、どこかで避け続けていました。
職人仲間のあいだでも、細かく数えてきっちり仕入れるよりも思い切って多めに構えておいたほうが目の前の商機を逃さずに済むという言い分がまかり通っており、そうした現場の空気に背中を押されるかたちで、私は必要以上の量を平然と抱え込む癖を、なかなか手放せずにいたのでした。
多めに仕入れておけば品切れで大切な客をがっかりさせることは決してないという安心感が、いつのまにか私の財布のひもをずるずると緩ませており、たとえ余ってしまったところで賄いに回せば無駄にはならないという都合のよい言い訳が、いつも頭の片隅にちゃっかりと用意されていたように思います。
ところが、その心地よい安心感の裏側で、実際には何がどれだけ捨てられているのかを、私は長いあいだ正面から確かめようとはせず、閉店後に厨房へ残された食材の山を漠然と眺めては、どうせ明日になればさばけてしまうだろうと軽く高をくくって、その場をやり過ごしていたのでした。
季節の移り変わりや前触れもない天候の崩れ、近隣で開かれる催しの有無といった、その日の売れ行きを大きく左右するはずのいくつもの要素も、私はまとめてその日の気分の中へなんとなく溶け込ませてしまい、明確な根拠として仕入れの判断へ組み込むことは、ついぞ一度もありませんでした。
振り返ってみれば、勘という言葉はまことに都合のよい隠れ蓑であり、思い切って多めに仕入れて見事に売り切れた日のことだけを鮮やかに覚えていて、同じように多めに仕入れて食材を大量に余らせてしまった日のことは翌朝にはすっかり忘れるという、身勝手な記憶の偏りに私は深く支えられていたのです。
食事を丹念に作り上げて客のもとへ届けるという本業に日々没頭するあまり、そのすぐ手前に控えている仕入れという地味な工程をどこか軽く扱ってしまい、腕さえ確かならば多少の余りくらいは料理の工夫で難なく吸収できるはずだという思い上がりが、判断の甘さを長いこと覆い隠していたように感じます。
いま思えば、勘そのものに頼ることが悪かったのでは決してなく、その勘の当たり外れを一度たりとも冷静に検証せず、外してしまった苦い事実を書き留めて次の判断へ確かに生かしていく仕組みをまるで持たなかったことこそが、後々の大きな損失を招いた本当の入り口だったのだと、今は痛感しています。
この一年をたっぷりかけて、私はその根深い思い込みがどれほど高くついてしまったのかを骨身にしみて思い知ることになり、まずは自分がこれまでどのような判断のもとで仕入れを重ねてきたのかを一つひとつ包み隠さず洗い出すところから、店そのものの立て直しをようやく始めようと腹をくくったのでした。
立て直しに向けて当時の記憶を静かにたどっていくと、まず脳裏に色濃くよみがえってくるのは、閉店後の厨房の片隅に無造作に置かれた保存箱が、使いきれずに残った食材でいつも小高い山をつくっていた、あの見慣れて感覚が麻痺していた光景の、連綿とした連なりでした。
手をかけて仕込んだはずの煮物が思うように売れ残り、丁寧に下ごしらえを終えた青菜が一日の終わりにはしんなりと力を失い、翌日の営業までとても持たないと分かりきっている刺身用の柵が、冷たい氷の上でひっそりと出番を待ち続ける様子を、私は来る日も来る日も夜ごと見送っていました。
朝いちばんに大きな冷蔵庫の扉を開けると、前日の余りものがまだ幅を利かせて陣取っており、その日に届いたばかりの新しい食材を収める場所をどうにか確保するために、古いものから急いで使い切ろうとその日の献立を無理にねじ曲げていく作業から、私の一日はいつも重たく始まっていたのです。
本来ならその日の看板料理として堂々と押し出したい旬の魚が手元にあっても、先に片づけねばならない余りものが冷蔵庫の大半を占めているせいで、客に本当に出したい料理よりも捌かねばならない料理をやむなく優先せざるを得ず、献立の主導権をいつのまにか余りものの側へ握られてしまっていました。
賄いに回してしまえば無駄は出ないと自分に言い聞かせてはいたものの、働き手が一日に食べきれる量にはおのずと限りがあるもので、連日似たような余りものが賄いの食卓に並べば当然ながら箸の進みも次第に鈍っていき、結局は残飯として捨ててしまう量が、静かに、しかし確実に増えていくばかりでした。
生ごみをまとめて出す日には、まだ十分に使えたはずの食材が黒い袋の中で重たく沈み込み、それを両手で持ち上げてごみ置き場へ運ぶたびに、ここに詰まっているのはほかでもない、自分が捨てている金そのものなのだという生々しい実感が、ずしりと腕全体にのしかかってくるようでした。
とりわけ後になって深く悔やまれたのは、豊漁で食材が思いのほか安く仕入れられた日ほどついつい気が大きくなり、後先をまるで考えずに多めに抱え込んでしまった結果、数日後にはその大半を持て余して廃棄に回し、せっかく割安に買った意味を、ほかならぬ自分の手で帳消しにしていたことでした。
季節外れの雨や強い風で客足がぱたりと止まってしまった日には、前もって準備しておいた食材がまるごと宙に浮いてしまい、なんとか翌日へ繰り越そうにも鮮度がそれを許さず、私はそのつど天気を恨みながらも、その天気を仕入れの前にきちんと読もうとしなかった自分の甘さからは、巧妙に目をそらしていました。
厨房でともに汗を流す仲間たちも、せっかく手間ひまをかけて仕込んだ食材が日の目を見ることなく次々と捨てられていく現実を前にして、口には決して出さずとも次第に働く張り合いを失っていき、丁寧に仕込めば仕込むほど余りが増えるという歪んだ徒労感が、少しずつ現場の底に沈殿していったのです。
それでもなお当時の私は、この毎朝の積み上がりを仕入れの明らかな失敗としてではなく、繁盛している店にはつきものの必要な余裕なのだと強引に言い張り、目の前にそびえる余りものの山をあえて見ないふりでまたぎ越すようにして、その日の仕込みへとまた足を運び続けていたのでした。
こうして毎朝のように繰り返された余剰との無言の格闘こそが、勘だけに何もかも委ねた仕入れが必ず生んでしまう歪みの、動かしようのない証拠だったのであり、私はその確かな証拠を毎日欠かさず目にしていながら、長いあいだその意味を真剣に読み解こうとはしていなかったのだと、今になって思い知らされています。
余りが一向に減らなかった理由を、感情を抑えて落ち着いて掘り下げていくと、そもそも勘というものは、うまく当たった経験とみじめに外れた経験とを対等には決して扱わない、きわめて偏った物差しでしかなかったのだという、ひとつの動かしがたい事実に、まず正面から突き当たることになりました。
人の記憶というものは驚くほど都合よくできており、多めに仕入れて気持ちよく売り切れた日のことは鮮やかに覚えている一方で、まったく同じように多めに仕入れて大量に余らせてしまった日のことはいつのまにか薄れて消えてしまうため、私の勘は常に多めへ多めへと膨らむ方向にじわじわと狂っていったのです。
次に確かに効いていたのが、品切れを起こして目の前の客を落胆させてしまうことへの過剰なまでの恐れであり、商機を逃してしまう痛みのほうを、食材をむざむざ余らせる損失よりもずっと重々しく見積もってしまう心の癖が、その日に本当に必要な量へ安全のための上乗せを、何重にも際限なく重ねさせていました。
曜日ごとや天候ごとに揺れ動く客足の波を、感覚のうえではなんとなく分かっているつもりでいながら、実際の来店した人数ときちんと結びつけて確かめたことはただの一度もなく、しとしと雨の降る平日と気持ちよく晴れ渡った週末とを同じ調子で仕入れてしまえば、余りが出てしまうのはむしろ当然の帰結でした。
近隣で催される祭りや行事、連休の並び方といった、人々の来店を大きく左右するはずの店の外の事情についても、耳にはうっすらと入っていたものの、それを具体的な仕入れの量へと翻訳する回路をまるで持たず、盛り上がる日に食材が足りず、静まり返る日にたっぷり余らせるという食い違いを、私は延々と繰り返していたのです。
仕入れの取引の単位が市場の側の都合で大きくまとまっていたことも決して見逃せず、ほんの少しだけ欲しい食材を必要な分量だけ買うことがかなわず、一箱や一函をまるごと引き受けるほかない場面が幾度も重なれば、どうしても使いきれない半端な端数が、日々の営みのなかでこぼれ落ちていくのは避けようがありませんでした。
日々の献立の組み立て方そのものにも大きな隙があり、ひとつの食材をたったひと品の料理でしか使えないような窮屈な構えでいたために、読みが少しでも外れればその食材はたちまち行き場を失ってしまい、複数の料理へ柔軟に融通するための備えがなかったことが、余りをそのまま廃棄へと静かに押し流していました。
仕込みの段取りの面においても、その日の実際の来店を待たずに、多くの料理を見込みで先に仕上げてしまう性急な癖が抜けず、いざ注文が思うように振るわなければ、すでに火を通してしまった料理はもはや翌日へ持ち越すこともできず、見込みだけで前のめりに動くほど逃げ道が狭くなっていく構造に、私は深くはまり込んでいました。
そして何よりも根深く厄介だったのは、余りが出ても、それが明確な金額となって私に突きつけられる場面がどこにもなく、捨てた食材の本当の値打ちが具体的な数字となって目の前に立ち現れないために、痛みがまるで実感を伴わず、同じ甘い判断を来る日も来る日も、なんの抵抗もなく繰り返せてしまっていたことでした。
これらいくつもの原因は、どれか一つだけが飛び抜けて悪かったというよりも、記憶の根深い偏りと品切れへの過剰な恐れ、客足の波の読み違い、取引単位の縛りといった、小さな綻びが幾重にも複雑に絡み合い、そのすべてが勘という一本の頼りない綱に無造作に束ねられていたところに、この問題の本当の厄介さは潜んでいました。
つまり私が来る日も来る日も食材を余らせ続けていたのは、料理の腕が足りなかったからでも、たまたま運が悪かったからでもなく、自分の下した判断を一度も検証しないまま、その日その日の感覚だけを唯一の頼りにしていた、その構え方そのものに根本の原因があったのだと、私はようやく素直に認められるようになったのです。
余りの原因の輪郭がおぼろげにつかめてくると、次に私を容赦なく打ちのめしたのは、余らせてしまった食材が単なるありふれた生ごみなどではなく、実は店そのものの体力をじわじわと内側から削り取っていく、静かな出血にほかならなかったのだという、あまりにも遅すぎた気づきでした。
思い立って初めて一週間ぶんの廃棄をまとめて秤に載せてみたとき、その積み重なった重さを金額へと置き換えた数字のあまりの大きさに私は思わず言葉を失い、これだけの元手を毎週みずからの手でごみ袋へ捨て続けていたのかと、しばらくのあいだ厨房の前でただ呆然と立ちすくんでしまったのでした。
店にわずかに残る利益というものは、売上から仕入れをはじめとするさまざまな費えを注意深く差し引いて、はじめて手元に残るものであるからには、余らせた食材の分だけ費えがそのぶん確実に膨らんでいた以上、どれほど連日客でにぎわっていても私の手取りが痩せ細っていった理由は、いま思えばあまりにも明らかでした。
さらに輪をかけて厄介だったのは、日々の廃棄が店の現金の巡りそのものをも静かに滞らせていたことであり、本来なら売れて再び金へと戻ってくるはずだった食材が捨てられるたびに、次の仕入れへ充てるべき手元の元手がじわじわと細っていき、余計に借り入れへ頼らざるを得ないという、質の悪い循環へと私は深く入り込んでいました。
日々の余りものをどうにか片づけるためだけに費やしていた手間もまた、目には見えにくい確かな損失として着実に積み重なっており、仕分けや詰め替え、廃棄の段取りに追われて過ぎていく時間があったならば、その分だけ客を心からもてなす食事の質そのものへと、もっと深く心を注ぐことができたはずだと、今も悔やまれてなりません。
ともに働く仲間の気持ちの面においても、その影は思いのほか濃く落ちており、真心を込めて丹念に仕込んだ料理が誰の口にも入らずに捨てられていく光景を日々くり返し見せられれば、丁寧に働くことの意味そのものが根元から揺らぎ、腕を磨こうとする内なる張りが失われていくという、値札のつけようもない損失が静かに広がっていました。
店の評判そのものにまで少なからず影が差していたことにも、私はずいぶん後になってようやく思い至り、余りものを無理にでもさばこうとして鮮度の落ちかけた食材をそのまま料理に使ってしまえば、味のわずかな緩みは舌の敏感な客には必ずどこかで伝わってしまい、静かに、しかし着実に足を遠のかせる引き金になっていたはずなのです。
はじめから廃棄が出ることを見越して、多めの値付けでどうにか帳尻を合わせようとすれば、料理そのものの値は知らぬまに少しずつ張っていき、その割高な印象がまた新たな客足を鈍らせるという形で、結局のところ余りの尻ぬぐいを、ほかならぬ客の側にそっと肩代わりさせてしまっていたことにも、当時の私はまるで気づいていませんでした。
食べ物をこれだけ粗末に扱ってしまっているという後ろめたさもまた、経営上の損得とはまったく別の重さで私の胸にずっしりとのしかかっており、地域に根を張って長く商いを続けていく者として、これほどの量の食材を毎日捨て続けてよいはずがないという素朴な良心の痛みが、夜ごと私をなかなか寝つけなくさせていたのでした。
こうしてひとつずつ丁寧に数え上げてみれば、余った食材が店に落としていた影は、目に見える廃棄というただ一点にとどまるものでは決してなく、資金の巡りや働き手の張り合い、店の評判、そして地域で商いを営むことへの静かな誇りといった、経営の芯の部分へと幾筋も深く伸びていたことが、ようやくはっきりと見えてきたのでした。
それは見えていなかったのではなく、私が心のどこかで見ようとしていなかっただけの深い影だったのであり、その影をようやく正面から直視できたとき、私はもう二度と感覚だけに店の舵を委ねてはいられないと固く覚悟を決め、仕入れの拠りどころそのものを根っこから作り替えていく決意を、遅ればせながらようやく固めたのでした。
作り替える覚悟が定まって、私がまず真っ先に取りかかったのは、なにも大がかりで高価な道具を一式そろえることなどではなく、その日に何がどれだけ売れて、何がどれだけ手元に余ったのかを、毎晩ただひたすら書き留めていくという、地味で根気のいる作業を、まずは日々の習慣として身につけることでした。
はじめのうちは、ありふれた紙の帳面に手書きでこつこつと記していくところから始め、食材ごとの仕入れた量と実際に使った量、そしてやむなく廃棄してしまった量を横に並べて一目で眺められるようにしただけで、これまで感覚の霧の向こうにすっかり隠れていた余りの実態が、はっきりとした輪郭を伴って立ち上がってきたのです。
数週間ぶんの記録がまとまって溜まってくると、曜日ごとに繰り返される売れ行きの独特の癖や、天気がぐずついて崩れた日に決まって訪れる落ち込みの具合が、ぼんやりとではあれ確かな形になって見えはじめ、勘だけでは決してとらえきれなかった客足の波の存在を、私は生まれて初めて数字のうえで確かめられるようになりました。
やがて手書きの帳面ではさすがに限界を感じはじめた頃に、注文や会計の記録を自動でためていってくれるデジタルの仕組み、いわゆる店舗運営のdxへと思い切って踏み込むことを決め、日々の売上と料理の提供数が、余計な手間をかけずとも静かに蓄えられていく確かな土台を、まずはしっかりと整えることにしました。
このdxの導入によって得られた何よりの恵みは、面倒な集計の手間から解放されたことそのものよりもむしろ、いつ何がどれだけ売れたのかという動かしがたい事実が、私の偏りがちな記憶を一切介さずにそのままの形で残るようになり、仕入れの判断の土台そのものから、長年こびりついていた思い込みが静かに排されていったことでした。
こうして蓄えていった記録を、その日その日の天候や近隣で開かれた催しの有無とじっくり重ね合わせて眺めてみると、しとしと雨の降る平日はこの品がこれくらい落ち込む、連休の初日にはこの料理がこれだけ伸びる、といったおおまかな傾向が、確かな目安として少しずつ読み取れるようになってきたのです。
その読み取った目安を頼りにして、翌日の仕入れの量へと、思いつきではない根拠のある増減をきちんと加えられるようになってくると、これまで安全という名のもとに何重にも際限なく上乗せしていた余分がじわじわと削られていき、本当に必要な分量へと静かに近づいていく確かな手応えを、日を追うごとに感じられるようになりました。
仕入れの取引単位が大きすぎて、どうしても半端な端数が余ってしまうという長年の問題についても、手元に蓄えた記録をもとに納入してくれる相手と量目や納品の頻度をあらためて相談し、少量を細かく届けてもらう新たな取り決めへと切り替えることで、使いきれずにこぼれ落ちていた分を、大きく減らすことができました。
日々の献立の組み立て方そのものも根本から見直し、ひとつの食材を複数の異なる料理へと柔軟に融通できるように仕込みの筋道をあらかじめ整えておいたことで、たとえその日の読みがわずかに外れてしまっても、行き場を失って途方に暮れる食材が目に見えて減り、余りをすかさず別の一皿へと回して救い上げる余地が、ぐんと広がっていったのです。
もっとも、記録という数字を判断の拠りどころに据えたからといって、長年培ってきた料理人としての勘がまるごと不要になったわけでは決してなく、むしろ確かな記録が判断の土台をしっかりと固めてくれるからこそ、その上に積み重ねていく経験の勘が、以前よりもずっと鋭く、そして正確に働くようになったのだと、日々実感しています。
こうして遅ればせながら踏み出した最初の一歩は、そのどれもがおよそ派手さとは無縁の、ささやかな工夫の地道な積み重ねにすぎませんでしたが、その日の感覚だけに漫然と委ねていた仕入れを、確かな事実に深く根ざした判断へと少しずつ丁寧に置き換えていくための、何よりも確かな地ならしになってくれたのでした。
地ならしをひととおり終えた今、私が何よりも大切に守り続けているのは、正しい仕入れの型を一度うまく作り上げたところで安易に満足してしまうのではなく、日々の読みと実際の結果とのずれをそのつど丁寧に測り、そのずれを翌日の判断へと静かに返していくという、終わりのない絶え間ない見直しの習慣にほかなりません。
その日の営業をすべて終えるたびに、朝に立てた予想と実際の売れ行きとを一つひとつ突き合わせ、どの品でどれだけ多く読みすぎてしまい、どの品でどれだけ足りなかったのかを短い言葉で書き添えていく作業を決して欠かさず、この小さな振り返りの積み重ねが、翌朝に下す判断の精度を、少しずつ着実に底上げしてくれています。
仕入れに実際に踏み出す前には、その日の天気の見通しと曜日の並び、そして近隣で催しが開かれるかどうかをひととおり丁寧に確かめてから最終的な量を決めるという段取りをすっかり定着させ、感覚だけで勢いよく走り出してしまう前に、必ず一拍おいて根拠を確かめる、その大切な一呼吸を欠かさず挟むよう心がけています。
それでも余りが出てしまった日には、それをなかったことにして目をそらすのではなく、なぜ余ってしまったのかという理由を食材ごとにきちんと書き留めておき、同じ理由による余りが二度、三度と続くようであれば仕入れの型そのものを根本から疑ってかかるという、原因を決して放置しない構えを、けっして崩さないようにしています。
やむなく廃棄してしまった量については、毎週きちんとまとめて具体的な金額へと置き換え、その数字をともに働く仲間とも包み隠さず率直に分かち合うことで、余りがはっきりとした数字となって働く全員の目に触れる状態を保ち、その痛みをひとりだけで抱え込まず、現場ぐるみで少しずつ減らしていく空気を、大切に育て続けています。
仕入れを担うという仕事は、たとえ腕の立つ料理人であるからといって、ひとりきりで抱え込むべき性質のものでは決してないと今の私は考えており、確かな記録に基づいた判断でありさえすれば、誰が後から見ても筋道をきちんとたどれるため、担い手を無理なく広げていっても仕入れの質が揺らがない体制づくりを、着実に進めています。
たとえ読みがみごとに当たって、その日は余りがほとんど出なかったとしても、それがただの偶然だったのか、それとも確かな根拠に支えられた結果だったのかを必ずあらためて問い直し、うまくいった理由をきちんと言葉にして書き残しておくことで、思いがけない成功もまた次へと引き継いでいける確かな財産へと、変えていくよう努めています。
季節がひとめぐりして再び同じ時期にたどり着けば、手元には去年の同じ頃の記録がそのまま残っているため、旬の食材の移り変わりに合わせた仕入れの見当がずいぶんつけやすくなり、最初の年に手ひどく痛い目を見た読み違いを、翌年は先回りしてあらかじめ避けられるように、少しずつなってきたのを実感しています。
こうしたいくつもの習慣を足元で静かに支える土台として、日々の売上と料理の提供数を自動でためていってくれるdxの仕組みは今なお黙々と働き続けてくれており、私が煩わしい集計作業に貴重な時間を取られることなく、目の前の客とその日の料理そのものへと心を存分に注げる時間を、確かに守り続けてくれているのです。
それでもなお、店の運営をこうした仕組みに何もかもすっかり委ねきってしまうことだけは決してせず、最後に仕入れる量を見定めて決めるのはあくまで記録を深く読み込んだ人の判断であるという一線だけは、頑として守り抜き、無機質な数字と長年の勘のどちらか一方へ極端に偏ることのない、釣り合いのとれた仕入れを、日々の基本にしっかりと据えています。
かつて余りものの小高い山を見て見ぬふりでまたぎ越して通り過ぎていた頃の情けない自分を思い返すたび、日々のずれを丁寧に測り、余りの原因を書き残し、その痛みを働く全員で率直に分かち合うというこれらの地道な習慣こそが、あの苦い悔いを二度と繰り返さないための、私にとっていちばん確かで頼もしい備えなのだと、しみじみ感じています。
勘だけをひたすら頼りにして仕入れを重ね、使いきれない食材を来る日も来る日も余らせ続けていたあの頃のひりつくような痛みは、今もなお胸の奥に消えることなく残っており、皮肉にもその痛みそのものが、店を根っこから作り替えていく大きな力になってくれたのだと、私は静かに、そして深く受け止めています。
あの失敗の本当の正体は、料理の腕の未熟さでも、たまたまの運の悪さでもなく、自分が下した判断を一度たりとも検証せず、外してしまった苦い事実を次の一手へと生かしていく仕組みをまるで持たなかった、その構え方そのものにあったのだと素直に気づけたことが、長い立て直しの何よりの出発点になってくれました。
余らせてしまった食材が店に落としていた影は、目に見える廃棄というただ一点にとどまるものでは決してなく、資金の巡りや働き手の張り合い、店の評判にまで幾筋も深く伸びており、こちらから見ようとしなければいつまでも見えないその静かな出血を、ようやく正面から直視できたことが、大きな転機となったのでした。
立て直しの長い道のりは、その日に何がどれだけ余ってしまったのかを毎晩ただひたすら書き留めるという、およそ地味な習慣づけからひっそりと始まり、記録が日ごとに溜まっていくにつれて、これまで感覚の霧の奥に隠れていた売れ行きの波が、確かな輪郭をくっきりと伴って見えるように、少しずつなっていきました。
日々の売上と料理の提供数を自動でためていくdxの仕組みは、煩わしい集計の手間から私を解き放ってくれるだけでなく、偏りがちな記憶を一切介さない動かしがたい事実を判断の土台として残してくれ、その日その日の思い込みに揺さぶられることのない冷静な判断を足元から支える、まことに頼もしい足場になってくれています。
数字を確かな拠りどころに据えたからといって、長年培ってきた料理人の勘がまるごと不要になったわけでは決してなく、むしろ足元の土台がしっかりと固まったからこそ経験の勘が以前よりずっと鋭く働くようになり、記録と勘とが互いに支え合うその絶妙な釣り合いこそが、余りを確かに抑えるための鍵なのだと、日々実感しています。
日々の読みと実際の結果とのずれをそのつど丁寧に測り、それを翌日の判断へと静かに返していくという終わりのない絶え間ない見直しは、およそ派手さこそないものの、あの苦い悔いを二度と繰り返さないための、私にとっては何よりも信頼のおける確かな備えとして、店の日々の営みの中にしっかりと根を張ってくれました。
食べ物をこれだけ粗末に扱っているという長年の後ろめたさからようやく解き放たれ、心を込めて仕込んだ料理が誰の口にも入らずに捨てられることなく、客の待ち望んだ食事としてきちんと届いていく確かな手応えは、ともに働く仲間の張り合いを少しずつ取り戻し、現場に穏やかな誇りを静かに呼び戻してくれているように感じます。
もしも今、かつての私と同じように、勘だけを頼りに仕入れを続けて日々の余りに頭を悩ませている飲食店があるならば、どうか大がかりで高価な道具を焦ってそろえてしまう前に、まずはその日の余りをただ淡々と書き留めるという小さな一歩から始めてほしいと、さんざん遠回りをした身として、心の底から願っています。
かつて重ねてしまった悔いそのものを今さら消し去ることはできませんが、その悔いを日々の記録と確かな習慣へと粘り強く変えて、これから先の判断へと生かしていけるのならば、あれほど食材を余らせ続けた苦い日々でさえも、きっとより良い店をつくり上げていくための確かな糧へと静かに転じていくのだと、私は今、まっすぐ前を向いて信じています。